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天才たちのレスバ合戦が面白すぎた――彩図社文芸部編『文豪たちの悪口本』

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今だったらXでレスバする感覚でしょうか? 好きな作家がしょうもないことでバトルする姿…。 うーん、見たいような見たくないような。 文豪と呼ばれる大作家たちは、悪口を言うとき、どんな言葉を使ったのだろうか。 そんな疑問からできたのが、本書『文豪たちの悪口本』です。 選んだ悪口は、文豪同士の喧嘩や家族へのあてつけ、世間への愚痴など。随筆、日記、手紙、友人や家族の証言から、文豪たちの人となりがわかるような文章やフレーズを選びました。これらを作家ごとに分類し、計8章にわたって紹介していきます。 川端康成に「刺す」と恨み言を残した太宰治、周囲の人に手当たりしだいからんでいた中原中也、女性をめぐって絶交した谷崎潤一郎と佐藤春夫など、文豪たちの印象的な悪口エピソードを紹介しています。 文豪たちにも人間らしい一面があるんだと感じていただけたら、うれしく思います。 ( Amazon.com より引用) 作品情報 『文豪たちの悪口本』 編者:彩図社文芸部 発行年月日:2019年6月21日 出版社:彩図社

「私は美人」と思い込む――酒井順子『私は美人』

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最初のうちは面白くてページをめくる手が止まらなかったけど、美人に関する文章ばかり続くとさすがに疲れたな。 でもまあ、それだけ「美人」というテーマはネタが尽きないということか。 女に生まれたからには、誰もが目指す「美人」という山の頂点。しかし、私たちはなぜ美人になりたいのか。そもそも美人とは何なのか。性別、年齢、地域はもちろん、一人の人間の主観と客観の間においてさえ微妙に揺れる美人観。美人を目指さずにはおれない女性たちの行動と心理に潜むその本質を、持ち前の鋭い観察眼で喝破し、ユーモアで包んで読ませる、身につまされる美人論。 ( Amazon.com より引用) 作品情報 『私は美人』 著者:酒井順子 発行年月日:2007年11月30日 出版社:朝日新聞社

棄てられない記憶――村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』

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猫好きとしては読むのを躊躇ってしまうタイトル。 村上春樹のお父さんって戦争を経験している世代なんだ… ということにまず驚いた。 時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがある。ある夏の日、僕は父親と一緒に猫を海岸に棄てに行った。歴史は過去のものではない。このことはいつか書かなくてはと、長いあいだ思っていた。―村上文学のあるルーツ。 ( Amazon.com より引用) 作品情報 『猫を棄てる 父親について語るとき』 著者:村上春樹 発行年月日:2020年4月25日 出版社:文藝春秋

人間性とアンドロイド性――フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(浅倉久志訳)

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虫を見つけたら問答無用で殺虫剤を振りかける私でさえ、プリスがクモの脚を切断するシーンには打ちのめされました。 イジドアと接することで、ひょっとしてアンドロイドたちにも思いやりの気持ちが芽生えるのかな?と思った矢先だっただけに。 第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では生きた動物を持っているかどうかが地位の象徴になっていた。人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡してきた〈奴隷〉アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた! 現代SFの旗手ディックが、斬新な着想と華麗な筆致をもちいて描きあげためくるめく白昼夢の世界! リドリー・スコット監督の名作映画『ブレードランナー』原作。 35年の年を経て描かれる正統続篇『ブレードランナー2049』キャラクター原案。( Amazon.com より引用) 作品情報 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 著者:フィリップ・K・ディック 訳者:浅倉久志 発行年月日:1977年3月15日 出版社:早川書房 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229)) 感想 ★★★★☆ 図書館本 訳者あとがきで、後藤将之氏の論評が引用されていて、そこに    人間もアンドロイドも、ともに、親切な場合もあれば、冷酷な場合もある。ディックが描こうとしたのは、すべての存在における人間性とアンドロイド性との相剋であって、それ以外のなにものでもない。 と書いてあるのを読んで、まさにその通りだなと感じました。 人間であるイジドアは逃亡アンドロイドに最初から親切だったけど、同じく人間であるレッシュは、死を目前にしたアンドロイドに本を読むわずかな時間さえ許さず殺してしまうくらい冷酷な人物として描かれています。 でも、全ての登場人物が「親切」と「冷酷」に二分されているわけではないですよね。 最初はアンドロイドや模造動物のことなんてただの機械としか思っていなかったリックが、次第にアンドロイドに同情を示すようなったり、感情移入できない存在として描かれていたレイチェルがリックに恋愛感情に似たものを抱くようになったり。 「親切」と「冷酷」、どちらも合わせ持つのが人間で、私たちは人間にもアンドロイドにも、ち...

「逃げてるだけ」なのか――松永K三蔵『バリ山行』

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山ですか?天保山なら登ったことありますよ。 第171回芥川賞受賞作。古くなった建外装修繕を専門とする新田テック建装に、内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、波多も親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、職人気質で職場で変人扱いされ孤立しているベテラン社員妻鹿があえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。 「山は遊びですよ。遊びで死んだら意味ないじゃないですか! 本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ! 生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!」(本文より抜粋) 会社も人生も山あり谷あり、バリの達人と危険な道行き。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。( Amazon.com より引用) 作品情報 『バリ山行』 著者:松永K三蔵 発行年月日:2024年7月25日 出版社:講談社 バリ山行 感想 ★★★☆☆ 図書館本 『バリ山行』の「バリ」って、昔流行った「バリうざい」「バリかっこいい」とかの「バリ」だと思ってました。 実際には「バリエーションルート」の略で、通常の登山道ではないルートのこと。 当然、整備されたルートではないから、大けがや遭難に繋がりかねない危険なルートで、マナー違反だと非難されたりもする。主人公の職場の先輩・妻鹿(めが)は、そんなバリをやっているらしい。 主人公・波多は前職でリストラに遭い、なんとか転職したものの今の職場も存続が危うく、またもやリストラされるかもしれないという状況。しかも妻と幼い娘までいる。 私だったらプレッシャーでおかしくなりそう。 そんな波多が妻鹿と一緒にバリに出かけることになり、やはりというか、バリ初心者の波多は峪に落ちかけて死ぬ思いをすることになります。 死にかけた恐怖で頭がいっぱいの波多に対して、妻鹿が放った 「ね、感じるでしょ?波多くん」 「問答無用で生きるか死ぬか。まさに本物だよ。ひりつくような、そんな感覚。」 という言葉がきっかけになって、波多は 「そんなもの感じるわけないじゃないですか!死にかけたんですよ!」 と声を荒らげる。    ...

コリンズのプロポーズは必見――ジェイン・オースティン『自負と偏見』(小山太一訳)

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エリザベス、リジー、イライザ… これだけで十分ややこしいのに、ミス・エリザベスと呼ばれたかと思えばミス・ベネットと呼ばれたり。 呼び名の他に、親戚関係もこんがらがる。 登場人物表をつけてくれ~! 恋心か打算か。幸福な結婚とは?軽妙なストーリーに織り交ぜられた普遍の真理。 永遠の名作、待望の新訳!解説・桐野夏生。 イギリスの静かな田舎町ロングボーンの貸屋敷に、資産家ビングリーが引っ越してきた。ベネット家の長女ジェインとビングリーが惹かれ合う一方、次女エリザベスはビングリーの友人ダーシーの気位の高さに反感を抱く。気難しいダーシーは我知らず、エリザベスに惹かれつつあったのだが……。幸福な結婚に必要なのは、恋心か打算か。軽妙な物語(ストーリー)に、普遍の真理を織り交ぜる。( Amazon.com より引用) 作品情報 『自負と偏見』 著者:ジェイン・オースティン 訳者:小山太一 発行年月日:2014年7月1日 出版社:新潮社 自負と偏見 (新潮文庫) 感想 ★★★☆☆ 図書館本 この作品を初めて読んだのは確か高校生のとき。 そのときは、家柄は大したことないけど綺麗で賢い女性が、一見傲慢だけど実は心優しいイケメン紳士に見初められ玉の輿に乗る…という少女漫画的な展開にときめいたりしたけど、今読むとストーリー自体にはそれほど惹かれなかったな。 それよりも、描写が生き生きしていて、登場人物の性格とか関係性が手に取るように分かる。 その表現の上手さに魅了されました。 冒頭のベネット夫妻の会話がまず見事ですもんね。 昔は、ミセス・ベネットの俗物ぶりを軽蔑し、ミスター・ベネットのウィットに富んだセリフを面白く読んでいましたが、改めて読むとミスター・ベネットの父親としての責任感の無さに腹が立つな。 ミセス・ベネットにとっては自分と娘たちの生活がかかってるから少しでも有利な結婚をさせようと必死なのに夫はどこ吹く風…ときたら、そりゃヒステリーも起こしたくなるってもんです。 人物紹介だけでなく、夫婦間で価値観が一致していないとこんなに不幸だぞ~ということもこの会話に示されているように感じます。 この作品は脇役にもちゃんと個性があって、思いがけない動きをするから侮れません。 一番面白かったのが、ミスター・コリ...

読み直したら痛いほど共感した――太宰治「走れメロス」(『走れメロス』収録)

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結婚式の日取りも決まってないのになんで御馳走を買ってるんだよ!とか、 歩いてないで今すぐ走れよ!とか、 国語の授業で「走れメロス」を習ったときは、そんなツッコミで盛り上ったな。 親友との約束を果たすためにメロスは走る-。信頼と友情を謳い上げる表題作ほか、生きることの意味を考え続けた著者の名作短編集。太宰入門にふさわしい1冊。(解説・池内輝雄/鑑賞・井坂洋子)( Amazon.com より引用) 作品情報 『走れメロス』 著者:太宰治 発行年月日:1999年5月25日 出版社:集英社 ヤング・スタンダード 走れメロス・おしゃれ童子 (集英社文庫 た 26-2) 収録作品 燈籠 満願 富嶽百景 葉桜と魔笛 新樹の言葉 おしゃれ童子 駈込み訴え 走れメロス 清貧譚 待つ 貧の意地 カチカチ山 感想 ★★★☆☆ 購入本 「カチカチ山」が読みたくなって買った本なんですけど、表題作の「走れメロス」って改めて読むとイイですね。 教科書に載っているくらいだから名作なのは当たり前なんですが、大人になってから読むと他者から「信頼されている」ことの重みがより分かるというか。 メロスはダメ人間 そもそもメロスって、怒りに任せて王様を殺しに行こうとして捕まったうえ本人の許可も得ずにセリヌンティウスを身代わりとして差し出すという、とんでもなく短絡的で自己中な男ですよね。 「きょうはぜひとも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる」なんて言っちゃって、ええカッコしいでもある。 この作品は、そんなダメ人間・メロスの成長物語なんだということがよく分かりました。   メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮らして行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものではない。ままならぬことである。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。(P140)   妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりもないはずだ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要もない。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り...