棄てられない記憶――村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』

猫好きとしては読むのを躊躇ってしまうタイトル。

村上春樹のお父さんって戦争を経験している世代なんだ…
ということにまず驚いた。

時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがある。ある夏の日、僕は父親と一緒に猫を海岸に棄てに行った。歴史は過去のものではない。このことはいつか書かなくてはと、長いあいだ思っていた。―村上文学のあるルーツ。 (Amazon.com より引用)


作品情報

『猫を棄てる 父親について語るとき』

著者:村上春樹
発行年月日:2020年4月25日
出版社:文藝春秋

感想

★★★☆☆
図書館本

そうか、村上春樹ってもう70代半ばなんだ。
勝手に私の親と同世代くらいかな~と思っていたので、彼のお父さんが戦争を経験していることが意外でした。
それも実際に戦地に行って、戦争を生き抜いた人だったんですね。
私の祖父母は一応戦争経験世代ですが、当時は子どもだったので従軍することもなく終戦を迎えているので、お父さんの戦争体験は胸に迫るものがありました。
淡々とした文章なのに生々しいのが凄い。

文学青年だった著者のお父さん。
そんなお父さんが中国兵の処刑に関与させられたことを著者に打ち明けるシーンが特に印象的。
戦争が人の心にどれほどのトラウマを与えるのか。
そしてそんなお父さんを理解しようとする著者の姿勢に、戦争の記憶を風化させてはならないという強い思いを感じました。

冒頭の、棄てたはずの猫が先回りして家に帰ってきたというエピソード。
この本を読んでいる最中は、単に著者のお父さんが養子に出されたけど結局帰されたことと重ねているのだと思っていたけど、読み終わって改めて考えると、もっと大きなもののメタファーなのかな、という気もします。

つまり、何かを棄てたいと願っても、完全に棄てることはできない…というような。
私たちは過去がどんなに辛いものであっても、その過去と向き合って前に進んでいくしかない、と著者に言われたような気がしました。



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