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人間性とアンドロイド性――フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(浅倉久志訳)

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虫を見つけたら問答無用で殺虫剤を振りかける私でさえ、プリスがクモの脚を切断するシーンには打ちのめされました。 イジドアと接することで、ひょっとしてアンドロイドたちにも思いやりの気持ちが芽生えるのかな?と思った矢先だっただけに。 第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では生きた動物を持っているかどうかが地位の象徴になっていた。人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡してきた〈奴隷〉アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた! 現代SFの旗手ディックが、斬新な着想と華麗な筆致をもちいて描きあげためくるめく白昼夢の世界! リドリー・スコット監督の名作映画『ブレードランナー』原作。 35年の年を経て描かれる正統続篇『ブレードランナー2049』キャラクター原案。( Amazon.com より引用) 作品情報 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 著者:フィリップ・K・ディック 訳者:浅倉久志 発行年月日:1977年3月15日 出版社:早川書房 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229)) 感想 ★★★★☆ 図書館本 訳者あとがきで、後藤将之氏の論評が引用されていて、そこに    人間もアンドロイドも、ともに、親切な場合もあれば、冷酷な場合もある。ディックが描こうとしたのは、すべての存在における人間性とアンドロイド性との相剋であって、それ以外のなにものでもない。 と書いてあるのを読んで、まさにその通りだなと感じました。 人間であるイジドアは逃亡アンドロイドに最初から親切だったけど、同じく人間であるレッシュは、死を目前にしたアンドロイドに本を読むわずかな時間さえ許さず殺してしまうくらい冷酷な人物として描かれています。 でも、全ての登場人物が「親切」と「冷酷」に二分されているわけではないですよね。 最初はアンドロイドや模造動物のことなんてただの機械としか思っていなかったリックが、次第にアンドロイドに同情を示すようなったり、感情移入できない存在として描かれていたレイチェルがリックに恋愛感情に似たものを抱くようになったり。 「親切」と「冷酷」、どちらも合わせ持つのが人間で、私たちは人間にもアンドロイドにも、ち...

「逃げてるだけ」なのか――松永K三蔵『バリ山行』

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山ですか?天保山なら登ったことありますよ。 第171回芥川賞受賞作。古くなった建外装修繕を専門とする新田テック建装に、内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、波多も親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、職人気質で職場で変人扱いされ孤立しているベテラン社員妻鹿があえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。 「山は遊びですよ。遊びで死んだら意味ないじゃないですか! 本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ! 生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!」(本文より抜粋) 会社も人生も山あり谷あり、バリの達人と危険な道行き。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。( Amazon.com より引用) 作品情報 『バリ山行』 著者:松永K三蔵 発行年月日:2024年7月25日 出版社:講談社 バリ山行 感想 ★★★☆☆ 図書館本 『バリ山行』の「バリ」って、昔流行った「バリうざい」「バリかっこいい」とかの「バリ」だと思ってました。 実際には「バリエーションルート」の略で、通常の登山道ではないルートのこと。 当然、整備されたルートではないから、大けがや遭難に繋がりかねない危険なルートで、マナー違反だと非難されたりもする。主人公の職場の先輩・妻鹿(めが)は、そんなバリをやっているらしい。 主人公・波多は前職でリストラに遭い、なんとか転職したものの今の職場も存続が危うく、またもやリストラされるかもしれないという状況。しかも妻と幼い娘までいる。 私だったらプレッシャーでおかしくなりそう。 そんな波多が妻鹿と一緒にバリに出かけることになり、やはりというか、バリ初心者の波多は峪に落ちかけて死ぬ思いをすることになります。 死にかけた恐怖で頭がいっぱいの波多に対して、妻鹿が放った 「ね、感じるでしょ?波多くん」 「問答無用で生きるか死ぬか。まさに本物だよ。ひりつくような、そんな感覚。」 という言葉がきっかけになって、波多は 「そんなもの感じるわけないじゃないですか!死にかけたんですよ!」 と声を荒らげる。    ...

コリンズのプロポーズは必見――ジェイン・オースティン『自負と偏見』(小山太一訳)

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エリザベス、リジー、イライザ… これだけで十分ややこしいのに、ミス・エリザベスと呼ばれたかと思えばミス・ベネットと呼ばれたり。 呼び名の他に、親戚関係もこんがらがる。 登場人物表をつけてくれ~! 恋心か打算か。幸福な結婚とは?軽妙なストーリーに織り交ぜられた普遍の真理。 永遠の名作、待望の新訳!解説・桐野夏生。 イギリスの静かな田舎町ロングボーンの貸屋敷に、資産家ビングリーが引っ越してきた。ベネット家の長女ジェインとビングリーが惹かれ合う一方、次女エリザベスはビングリーの友人ダーシーの気位の高さに反感を抱く。気難しいダーシーは我知らず、エリザベスに惹かれつつあったのだが……。幸福な結婚に必要なのは、恋心か打算か。軽妙な物語(ストーリー)に、普遍の真理を織り交ぜる。( Amazon.com より引用) 作品情報 『自負と偏見』 著者:ジェイン・オースティン 訳者:小山太一 発行年月日:2014年7月1日 出版社:新潮社 自負と偏見 (新潮文庫) 感想 ★★★☆☆ 図書館本 この作品を初めて読んだのは確か高校生のとき。 そのときは、家柄は大したことないけど綺麗で賢い女性が、一見傲慢だけど実は心優しいイケメン紳士に見初められ玉の輿に乗る…という少女漫画的な展開にときめいたりしたけど、今読むとストーリー自体にはそれほど惹かれなかったな。 それよりも、描写が生き生きしていて、登場人物の性格とか関係性が手に取るように分かる。 その表現の上手さに魅了されました。 冒頭のベネット夫妻の会話がまず見事ですもんね。 昔は、ミセス・ベネットの俗物ぶりを軽蔑し、ミスター・ベネットのウィットに富んだセリフを面白く読んでいましたが、改めて読むとミスター・ベネットの父親としての責任感の無さに腹が立つな。 ミセス・ベネットにとっては自分と娘たちの生活がかかってるから少しでも有利な結婚をさせようと必死なのに夫はどこ吹く風…ときたら、そりゃヒステリーも起こしたくなるってもんです。 人物紹介だけでなく、夫婦間で価値観が一致していないとこんなに不幸だぞ~ということもこの会話に示されているように感じます。 この作品は脇役にもちゃんと個性があって、思いがけない動きをするから侮れません。 一番面白かったのが、ミスター・コリ...

読み直したら痛いほど共感した――太宰治「走れメロス」(『走れメロス』収録)

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結婚式の日取りも決まってないのになんで御馳走を買ってるんだよ!とか、 歩いてないで今すぐ走れよ!とか、 国語の授業で「走れメロス」を習ったときは、そんなツッコミで盛り上ったな。 親友との約束を果たすためにメロスは走る-。信頼と友情を謳い上げる表題作ほか、生きることの意味を考え続けた著者の名作短編集。太宰入門にふさわしい1冊。(解説・池内輝雄/鑑賞・井坂洋子)( Amazon.com より引用) 作品情報 『走れメロス』 著者:太宰治 発行年月日:1999年5月25日 出版社:集英社 ヤング・スタンダード 走れメロス・おしゃれ童子 (集英社文庫 た 26-2) 収録作品 燈籠 満願 富嶽百景 葉桜と魔笛 新樹の言葉 おしゃれ童子 駈込み訴え 走れメロス 清貧譚 待つ 貧の意地 カチカチ山 感想 ★★★☆☆ 購入本 「カチカチ山」が読みたくなって買った本なんですけど、表題作の「走れメロス」って改めて読むとイイですね。 教科書に載っているくらいだから名作なのは当たり前なんですが、大人になってから読むと他者から「信頼されている」ことの重みがより分かるというか。 メロスはダメ人間 そもそもメロスって、怒りに任せて王様を殺しに行こうとして捕まったうえ本人の許可も得ずにセリヌンティウスを身代わりとして差し出すという、とんでもなく短絡的で自己中な男ですよね。 「きょうはぜひとも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる」なんて言っちゃって、ええカッコしいでもある。 この作品は、そんなダメ人間・メロスの成長物語なんだということがよく分かりました。   メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮らして行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものではない。ままならぬことである。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。(P140)   妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりもないはずだ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要もない。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り...

強姦犯を愛した女の子?――林奕含(リン・イーハン)『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』(泉京鹿訳)

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冒頭の比喩表現から凄い。 主人公の親友・劉怡婷(リュウ・イーティン)が、高級食材のナマコを便器の底のウンコに喩え、そのナマコを口に入れてから吐き出して「これってフェラチオみたい」と言う。 この描写だけで、意味も知らずにフェラチオという言葉を使うような年頃の少女に性行為を強要することのおぞましさが伝わってくる。 台湾で25万部突破! 台湾社会を震撼させた、実話にもとづく傑作長篇 著者は1991年生まれの女性作家。デビュー作である本書に「実話をもとにした小説である」と記したことから、著者の実体験なのではと大騒ぎとなった。刊行2か月後に著者が自殺。台湾社会を震撼させた。 文学好きな房思琪と劉怡婷は高雄の高級マンションに暮らす幼なじみ。美しい房思琪は、13歳のとき、下の階に住む憧れの五十代の国語教師に作文を見てあげると誘われ、部屋に行くと強姦される。異常な愛を強いられる関係から抜け出せなくなり、房思琪の心身はしだいに壊れていく…。房思琪が記した日記を見つけた劉怡婷は、5年に及ぶ愛と苦しみの日々の全貌を知り、ある決意をするが…。 一方、同じマンションの最上階の裕福な家庭に嫁いだ二十代の女性・伊紋の物語も同時に描かれる。伊紋は少女二人によく本を読んであげていた。だが実は夫からのDVに悩み、少女らに文学を語ることが救いとなっていたのだ。 人も羨む高級マンションの住民たちの実情を少女の純粋で繊細な感性によって捉えることで、社会全体の構造的な問題が浮かび上がってくる。過度な学歴社会、格差社会、権力主義の背後にある大人の偽善、隠蔽体質…。なぜ少女の心の声を大人が気づけなかったのか。文学の力とは何か。多くの問いを投げかける。( Amazon.com より引用) 作品情報 『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』 著者:林奕含(リン・イーハン) 訳者:泉京鹿 発行年月日:2019年11月5日 出版社:白水社 房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園 感想 ★★★★☆ 図書館本 訳者あとがきによれば、作者はこの作品を「『強姦犯を愛した女の子』の物語」だと語ったらしい。 …これは一体どういう意味だろう? 主人公・房思琪(ファン・スーチー)は自分をレイプした李国華(リー・グォホァ)を本当に愛しているわけじゃない。 愛し...

灰色の鳥――村上龍『新装版 限りなく透明に近いブルー』

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 僕の部屋は酸っぱい匂いで充ちている。テーブルの上にいつ切ったのか思い出せないパイナップルがあって、匂いはそこから出ていた。  切り口が黒ずんで完全に崩れ、皿にはドロドロした汁が溜まっている。 これだけでもう吐きそう…。 なのに読後感は意外と悪くない。 とにかく文体が素晴らしかった! 村上龍のすべてはここから始まった! 文学の歴史を変えた衝撃のデビュー作が新装版で登場!解説・綿矢りさ 米軍基地の街・福生のハウスには、音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。そんな退廃の日々の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめく――。著者の原点であり、発表以来ベストセラーとして読み継がれてきた、永遠の文学の金字塔が新装版に! 〈群像新人賞、芥川賞受賞のデビュー作〉( Amazon.com より引用) 作品情報 『新装版 限りなく透明に近いブルー』 著者:村上龍 発行年月日:2009年4月15日 出版社:講談社 新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-29) 感想 ★★★★★ 購入本 圧倒的な文体の魅力 この作品の魅力は、何といってもその文体。 解説で綿矢りささんが書いているように、主人公・リュウは本当に見てるだけの存在でした。 リュウの目を通して描かれるのはドラッグとセックスに溺れる若者たちの退廃の日常で、私たち読者からすれば過激で濃密な出来事。彼らが非行に走るきっかけを描いたりしていくらでもドラマチックにできそうなのに、作者はそうはしない。 あまりにも淡々と描かれるので、新幹線の窓からあっという間に過ぎていく風景をただ眺めているような気分でした。 でも、語り手であるリュウの感情が抑えられているからこそ、彼らの世界の異常さが際立つんですよね。 リュウをはじめとする登場人物たちが抱える虚無感にも。 登場人物の心情についてはほとんど描かれていないのに、全員心の中では深く傷ついていて、でもどうすればいいのか分からずもがいている… というのがジリジリ伝わってくるので、読んでいてどんどん気分が沈んでいきました。 綿矢りささん曰く、一般的に人は「大人になれば見たくないものをわざわざ見る必要はないから目を背ける」もの。 リュウの恋人・リリーや他の仲間たちはこのタイプの人...

真実の愛はあるのか? ―― ロレンス『完訳 チャタレイ夫人の恋人』(伊藤整訳)

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正直、多様性の時代を生きている身としては「性愛がそんなに大事か!?」と疑問を呈したいところだけど。 当時の女性や労働者階級の人たちが置かれていた状況を考えると、性の解放を通して魂の自由を描いたこの作品は画期的だったろうな~と思います。 森番のメラーズによって情熱的な性を知ったクリフォード卿夫人―― 現代の愛の不信を描いて、「チャタレイ裁判」で話題を呼んだ作品。 コンスタンスは炭鉱を所有する貴族クリフォード卿と結婚した。しかし夫が戦争で下半身不随となり、夫婦間に性の関係がなくなったため、次第に恐ろしい空虚感にさいなまれるようになる。そしてついに、散歩の途中で出会った森番メラーズと偶然に結ばれてしまう。それは肉体から始まった関係だったが、それゆえ真実の愛となった――。 現代の愛への強い不信と魂の真の解放を描いた問題作。( Amazon.com より引用) 作品情報 『完訳 チャタレイ夫人の恋人』 著者:D・H・ロレンス 訳者:伊藤整 補訳:伊藤礼 発行年月日:1996年11月30日 出版社:新潮社 完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫) 感想 ★★☆☆☆ 図書館本 作品の舞台は第一次大戦後のイギリス。 冒頭でも書きましたが、生殖目的以外の性行為がタブー視されていた当時のキリスト教社会において、愛を確かめ合うための性行為を真正面から描いたことの衝撃は大きかったでしょう。 性と生への賛美は、読んでいて確かにひしひしと感じました。 雨の森を裸で駆け回るシーンやアンダーヘアに花を挿すシーンなんて滑稽で苦笑いしてしまいますが、それでも生命力にあふれていて割と好きだったりします。 ただなあ…。 コニーとメラーズの間に真実の愛なんてありますか? その点が引っかかって私の好みにはあまり合わない作品でした。 あらすじによると、二人は「肉体から始まった関係だったが、それゆえ真実の愛となった」らしい。 ……本当か? ただの性欲じゃないの?と思ってしまう私。 特にメラーズの方。 彼、元妻バーサ・クーツとの性生活をボロカスに言ってましたが、確か最初は彼女とのセックスにも満足していたんですよね? もちろん浮気されたことへの怒りがあるからだろうけど、身体の相性が悪くなったからって一度は愛した女性のこ...